Radiohead |
THOMAS EDWARD YORKE -vocals,guitars,keyboards,piano EDWARD JOHN O'BRIEN -guitars,percussion,back-up vocals COLIN CHARLES GREENWOOD -bass JONATHAN RICHARD GUY GREENWOOD -guitar,Hammond organ,synthesizer,piano,recorder, viola,sound effects PHILLIP JAMES SELWAY -drums DISCOGRAPHY 1993年 「PABLO HONEY」 発表 参考HP 非公式FAN'S SITE |
こういう人知れずこっそりとやっているページでレディオヘッドがどうたら、と語っても一体どういう意味があるのかと考え込んでしまう。まあ、元々HPでこういう音楽系のページをやっていてどういう意味があるのかも甚だ疑問ではあるが。。 崇拝的にレディヘが大好きというわけでもありませんが、まあそれなりに好きなバンドです。現代のバンドで過去の焼き直し、リメイクが流行っているのかどうか知らないけれど、そういうバンドが多々存在しているのに対して、やっぱりレディヘは独自の道のようなものを感じてしまう唯一のメインストリーム系のバンドだと思います。 トム・ヨークの詩においても、現代を体現していると思われます。 ただ、この場で言うのも何ですが、レディヘは好きだけれどレディヘを宗教のように拝めている信者は大嫌いです。音楽は最高なのに、それを信者が低下させていると思うとレディヘ、(彼等)が可哀相になります。 個人的にはアムニージアックが一番好きです。実を言うとBENDS以前はよっぽどの事がない限り聴きません。KIDAやアムニージアックだけは、思い出すごとに聴いています。プログレ嗜好の人なら、たいして革新的には映らないのかもしれませんが、サウンド自体は物凄く面白いですよね。 |
KID A |
上記を参照(クレジットがよく分からないので・・・)。 |
2000年発表の4thアルバム。 前作「OK COMPUTER」でギター・ロックの完成並びにその向こう側を提示し、トム・ヨークはギターを降ろし、更なる向こう側を思索した。それがKID Aである。 私に言わせてみれば「ロックはくだらない」等の発言なんかは、マスコミ嫌いの彼なりの皮肉的リップ・サービスだと思う。すでにポスト・ロックなる言葉が70年代には登場し、ありとあらゆる手法が登場しているだけに、彼等としては彼等の中の一つの方法論を捨て去っただけだと思う。それはシーンの進化ではなく、レディオヘッド単体としての進化だった。それは様式の発展ではなくストイックな吸収である。皮肉にもメインストリームの代表格に入れられる彼等ではあるが、ロック史観やらポスト・ニルヴァーナなんて心底どうだっていいのだ。90年代の〜、ロックにおける〜、という形容詞を付けずにはいられないマスコミ、あるいはファンの安心感を心地良く裏切ってくれた傑作である。 |
M1,EVERYTHING IN ITS RIGHT PLACE M2,KID A M3,THE NATIONAL ANTHEM M4,HOW TO DISAPPEAR COMPLETELY M5,TREEFINGERS M6,OPTIMISTIC M7,IN LIMBO M8,IDIOTEQUE M9,MORNING BELL M10,MOTION PICTURE SOUNDTRACK |
レディオヘッドを語る上で、OK COMPUTERからKID Aへのサウンド的変遷は避けては通れぬ所だろうと思う。OK COMPUTERも確かにサウンドは冷ややかな感触を伝えてはくれるが、KID Aはその比じゃない。90年代のエレクトロニカの隆盛の影響でトム・ヨークは貪欲にそれらのサウンドを取り入れることになった。故にシーン全体を見れば決して新しい類のサウンドではないのだが、彼の所謂「絶望感」とやらが見事に相まって冷ややかなサウンド・テクスチャーをここに確立した。その「絶望感」とやらもひたすらにシンプルに鋭利なナイフのようだ。 ・・・・・ごめんなさい。嘘を付きました。今では私の安眠アルバムの一部と化しています。 勿論良い意味で、ビートの反復、モザイクを巧みに利用しながらの音響構造。「未来」という、何処か遠いところから響いてくるようなとても抽象的で暗号めいた感覚、それが実に心地良い。トム・ヨークの絶望的な詩とやらは非常に無機的に感じられそこまで感情を刺激しない。多分信者の布教がそれを歪めているのだと思いますよ。ちなみに、国内盤で日本のアーティストに書かせている妙な挿絵(?)は一体どういうつもりなのでしょう?秀逸なグラフィック・アートをパラパラと眺めていたらパラっと一枚何かが落ちてきて困りました。 |
AMNESIAC |
上記を参照(クレジットがよく分からないので・・・)。 |
2001年発表の5thアルバム。 前作から6ヶ月ぶりに届けられたアルバムはクレジット表記にもあるように、前作との同一レコーディングで残された曲群である。意図的に分けられたのかどうか知らないけれど、前作とは質感は違う。前作は3年半分の緊張感もある意味詰まっていたが、今作にはそういった気張りのようなものは覗えない。どちらかと言うと親密的である。様々な断片がノスタルジックであったり未来的なものであったりと、緩やかに変化に富み、その断片詩集もどちらかと言うとあきらめムードが漂っていて、押し付けがましくない。そんなある種投げやりな感と、エレクトロニクス的なビートを彼等のものにしたかのような達者っぷりが巧い具合に作用した快作。 |
M1,PACKT LIKE SARDINES IN A CRUSHD TIN BOX M2,PYRAMID SONG M3,PULK/PULL REVOLVING DOORS M4,YOU AND WHOSE ARMY? M5,I MIGHT BE WRONG M6,KNIVES OUT M7,MORNING BELL/AMNESIAC M8,DOLLARS AND CENTS M9,HUNTING BEARS M10,LIKE SPINNING PLATES M11,LIFE IN A GLASSHOUSE |
投函し忘れた手紙、と言えばいいだろうか。姉妹作とは言いながらも、世間的には何処か影の薄さがちらつき、そんな一抹の哀しさからか、私の中ではレディオヘッド最高傑作となっている。勿論そんなくだらない理由でそう思っているのではなくて、前作のエレクトロニクス・スノッブ(怒らないでね、ファンの皆さん)臭さが払拭されて、見事な平熱度合いを保った感覚が私には丁度良い。 トム・ヨークの気だるいファルセット・ヴォイスもここに来て多分一番ダルダルで、なんとも言えない心地良さを生み、前作にも増して暗号めいた詩の断片の余白が解説の類を断念させるのがなんとも言えず痛快である。 一方で前作と共通している部分も多く、象徴的なまでのMORNING BELLの曲配置や、最終曲の自殺しそうになるような憂鬱っぷりとか、。前作にも増してリズム、ビートの種類は多様化を極めていて、ジャジーなビート導入も気だるさの一要因ではないだろうか。 もっと落ち着いたら、トム・ヨークにはジャズのヴォーカル・カヴァーをやって欲しいなぁ、と思っちゃったりする。マイ・ファニー・ヴァレンタインとか奇妙な果実とか。 |